東京高等裁判所 昭和44年(う)1883号 判決 1971年2月02日
主文
本件各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は全部被告人らの連帯負担とする。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人黒田、同吉野に付て、弁護人吉江知養、同深田鎮雄連名提出の控訴趣意書、弁護人小林尋次提出の控訴趣意書、右吉江、深田、小林各弁護人連名提出の追加控訴趣意書及び補充控訴趣意書、被告人新井に付て、弁護人義江駿提出の控訴趣意書にそれぞれ記載されたとおりであるからここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。
小林弁護人の控訴趣意及び吉江、深田両弁護人の控訴趣意二の(一)(本件地球儀は、著作権の目的と成るべき著作物には該当しない旨の主張)に付て。
本件地球儀、即ち、原判示一華産業の注文に依り原判示共同印刷が印刷加工した英文十吋ビニール製地球儀が、所論の如く、単に装飾用、実用若しくは玩具用の物品に過ぎないか否かは兎も角として、本件審判の対象たる犯罪事実が、被告人等は、原判示池田正友が著作権を有する右地球儀用世界地図を偽作し、以て右世界地図の上に右池田が有する著作権を侵害した旨の事実であって、右地球儀そのものの形状、構造、模様若しくは色彩等に係る他人の考案若しくは創作に付ての権利を侵害した旨の事実でないことは、告訴人一華産業株式会社代表取締役山田雄造及び池田正友連名の告訴状、本件起訴状及び原判決各摘示の犯罪事実の記載に徴し明白である。
夫故、被告人等の本件所為が著作権法第三十七条に該当するか否かは、専ら本件地球儀用世界地図に就て之を論定すべきであって、本件地球儀に就て之を論定すべきではなく、所論は既にその前提に於て失当たるを免れず、採るを得ない。
吉江、深田両弁護人の控訴趣意二の(二)及び義江弁護人の控訴趣意一(原判示一華地図は、之を編集地図として詳細に検討してみても、地図上に表現される各種素材の取捨選択の内容とその注記の表現方法を綜合的に観察した場合、他の類似の作品と対比して区別し得る独自の創作性を有せず、著作権の目的と成るべき著作物に該当する諸条件を具備しない旨の主張)に付て。
右主張に付ては、記録を精査し且原審に於て取り調べられた各証拠物を仔細に検討すると、原判決が(弁護人の主張に対する判断)の項(一)に於て判示しているところは凡て正当として首肯するに足り、当審に於ける事実取調の結果に鑑みても之を左右するに至らない。
よって、以下若干の説明を付加するに止める。
一 原審証人池田正友の供述によれば、
(一) 池田正友は、昭和十一年駒沢大学地理学科を卒業後引き続き一年間九州帝国大学専科聴講生として地理学の講義を受け、昭和十二年から一年間母校駒沢大学地理学専攻科に於て地理学を攻究し、その後二年間中学校地理科教員として勤務し、昭和十五年以降昭和十七年迄拓務省内の日本拓植協会研究員として地図に関する各種資料の研究及び整備に従事する傍ら河出書房等の企画せる地理書及び地図の出版に参画し、昭和二十四年以降昭和二十七年迄日米合同地理委員会に勤務して内、外の地図情報を研究、検討し、昭和二十七年建設省技官に就任し、昭和四十二年二月一日迄国土地理院地図部に勤務して各種地図資料の蒐集及び作成等、地図に関する調査及び研究の事務に従事する傍ら、出版諸社の依頼を受けて、地理学及び地図に関する著書、論文及び事典類を執筆し、中学校及び高等学校用の地理教科書数点を著述した実績を有する他、各種の地理関係学会にも加入している、地理学及び地図学に付ての学識及び経験を備えた専門家であること、
(二) 同人は、原判示一華産業代表取締役山田雄造等から英文十吋ビニール製地球儀用世界地図の編集を依頼されるや、右地球儀が中学校生徒以上を目標とする国民教育的な学術的作品たるべきその用途に従い且右地図の縮尺が五千万分の一であることを念頭に置き、前記の如く多年に亘り蓄積された自己の地理学及び地図学に付ての学識及び経験に基づいて、右世界地図の編図に着手したこと、
(三) 同人は、右編図に当り、
(1) 資料として、自己がその前叙学識及び経験に基づいて日頃蒐集、検討及び整理しているところに従い、先ず資料の範囲に付て吟味を加え、最も適当と認めるもの、例えば、
オフィシァル・エアライン・ガイド
フランス国立地理研究所報告書
ペタマン世界交通図
高校教科書地理B(池田正友他四名の共著に係るもの)
プリンテス・ホール・アトラス
海上保安庁水路部地図
ソ連の世界海洋地図帳(モルスコイ・アトラス)
中ソ交通情報
内、外の各航空会社の時刻表及び運行表
内、外の各交通機関の系統図
等を参照し、
(2) 地図に表現すべき各種素材に付ては、前叙地球儀の用途及び地図の縮尺を勘案し、自己の判断と責任とに於て之を取捨選択すると共に、その表現方法にも自己の創意に係る工夫を凝らし、例えば、
半島、岬、島嶼、河川、湖沼は、本件地球儀が人文地球儀であることに鑑み、自己の独自の体系に従って之を取捨選択し、
海岸線、陸地線は、本件地図の縮尺に応じ、自己の主観を採り入れ、表現の強調の仕方に独自の工夫を凝らし、
海流は、最新の安定した資料に基づいて之を取捨選択し且読み取り易く表現すること、特に、在来の地図の如く単純に矢印の付いた線を数本連結して並べる方法を避け、現実に近い海流運動を表現することに独自の工夫を試み、
海深は、最新の海洋学的成果、殊に海底の地形分類を十分に盛り込み、之を読み易く表現することに創意を凝らし、
国名は、自己の独自の体系に従い、英語のフル・タイトルを以て之を表示すべく、自ら地名原稿を作成すると共に、国別の色の選択、色の数及び配色は自ら之を考案して決定し、
都市名、その他の地名は、自己の独自の体系に従い取捨選択し、英語のフル・タイトルを以て之を表示すべく、自ら地名原稿を作成し、必ずしも文部省制定の世界地名表にこだわらず、
鉄道線路、航路及び航空路線は、自己の抱懐する交通地理学的基礎に立って之を取捨選択し、世界交通網上重要度の低いものは在来の地図に存するものでも之を省略し、逆にその重要度の高いものは在来の地図に存しない新規の路線を加える
等、各種資料に現われている諸事項を単純に右から左へと採り入れることなく、池田なりに独自の新しい構想と体系とに基づいて各種素材を取捨選択して表現することに努め、当時の時点に於ける縮尺五千万分の一の日本製世界地図としては最も斬新な編図をした
ことが夫々認められ、
二 原審証人川俣潔の供述に依れば、地図は、編図者の具体的指示の如何に依り、最終的に出来る地図の形態及び内容が自ら定まるものであるところ、池田正友の右編図は、最新の資料に基づいて十分に調査を遂げた正確なもので、海流の表現は聢りし、最近数年間の比較的新しい僻地及び極地の重要地名が登載され、航空路線の表示は詳細で仲々優れ、少なくともそれらの点に於ては、在来の地図に見られない新味が加わっていたことが認められ、
三 当審証人池田正友の供述並びに本件地球儀用世界地図とそれが原判示一華産業の注文に依り原判示共同印刷に於て地球儀に印刷加工される以前に第三者が作成して市販したことの明らかな他の地球儀用世界地図との対比に依れば、池田正友が本件地球儀用世界地図、即ち原判示一華地図の編図に当り、格別に創意を凝らした旨強調する海流の表現方法が在来の右各世界地図に於ける海流の表現方法と相異することが一見して明白である他、前掲川俣証人の供述に指摘されている如く、本件地球儀用世界地図には右在来の各地球儀用世界地図に登載されていない南極大陸の新しい地名が登載され、更に、原審証人大久保武彦が供述する如く、国名、都市名、その他の地名が英語で表示されていること及び航空路線の取捨選択に於て、本件地球儀用世界地図と右在来の各地球儀用世界地図との間に明白な相異点の存することが認められ、
四 原審鑑定人渡辺光の鑑定書中に於てすら、本件地球儀用世界地図、即ち原判示一華地図が鑑定資料に供せられた類似品たる諸地球儀用世界地図中優秀なるものに比較して遜色が無く、各種素材の選択の適否並びにその表現方法の精度と巧拙が均衡のとれている点に於て、上位に在る良心的作品で、個性を有することが認められている。
してみれば、原判決が右渡辺鑑定人の鑑定書中、原判示一華地図は、各種素材の表現方法及び取捨選択並びに全般的構図に付て、独創性には問題が有る旨の消極的結論を排斥し、該地図は、その全体を綜合的に観察すれば、他の類似の作品と対比して区別し得る独自の創作性を有する学術的作品であると認め、編図者池田正友の精神的労作に基づく思想感情を独創的に具体化した成果であって、著作権の目的と成るべき著作物に該当する旨論定したことは洵に正当であり、原判決に各所論指摘の瑕疵は存しない。
小林、吉江、深田三弁護人の追加控訴趣意第一の一点(原判決は、原判示一華地図が独自の創作性を有する根拠を具体的に明示していない旨の主張)に付て。
原判決中、原判示一華地図が著作権の目的と成るべき著作物に該当しない旨の弁護人の主張(一)に対する判断の項の判文を精読し、之を原判決挙示の証拠と対照すれば、原判決は、右一華地図が各種素材の取捨選択及び表現方法並びに全般的構図に関し、編図者池田正友の多年に亘り蓄積された学識及び経験に基づく同人の独創に成る品作である旨の説明に於て何等欠ける所は無く、所論の如く単に抽象的に之を論定判示したに過ぎないと非難するのは失当である許りでなく、抑該地図の如何なる点に右編図者池田の独自の創作性が認められるかを具体的に一々摘示することは、被告人等が該地図の上に存する右池田の著作権を侵害して偽作を遂げた旨の著作権法第三十七条違反被告事件に付て有罪の言渡をするに当り示さなければならない「罪となるべき事実」そのものには属しないと解すべきであるから、叙上編図者池田の独自の創作性が認められる各箇所の摘示の方法乃至限度の如何を捉えて、判決に理由を附せざる瑕疵が有る旨論難する所論は採るを得ない。
右追加控訴趣意第一の三点(原判示一華地図の目的に付ての原判示は前後矛盾している旨の主張)に付て。
原判示一華地図を使用して印刷加工された本件地球儀は、原判示一華産業がオーストラリアの商社の注文を受けて原判示共同印刷に印刷加工を発注した輸出向商品である事実とその用途が家庭に於ける一般教育を目的としたものである事実とは、それ自体相容れない訳ではなく、該地球儀が何れの国の家庭に於て使用されるかの如きは、その地球儀用世界地図が著作権の目的と成るべき著作物に該当するか否かの認定に何等の影響をも及ぼさないから、原判決に所論の過誤はない。
右追加控訴趣意第二(仮に原判示一華地図が著作権の目的と成るべき著作物に該当するとしても、その著作権者は池田正友ではなくて川俣潔である旨の主張)に付て。
原判決挙示の証拠を綜合すれば、
一 一般に編集地図の編集から印刷に至る迄の過程は、
(一) 先ず編図者が編図資料を蒐集、検討及び整理し、資料の範囲に付て吟味を加え、最も適当と認めるものを参照し、地図に表現すべき半島、岬、島嶼、河川、湖沼、海岸線、陸地線、海流、海深、国名、国別の色の選択、色の数及び配色、都市名、その他の地名、鉄道線路、航路、航空路線等の各種素材に付ては、地図の目的及び縮尺を勘案して適宜取捨選択し、之に応ずる注記を加えた原稿図を作成し、必要が有れば地名原稿を添えて之を製図者に交付し、
(二) 次に製図者が右原稿図及び地名原稿に基づいてプラスチック製半透明のマイラー・ベースに、編図者の指定した色の数に応じ、各色別に製図原図を作成して印刷者に交付し、
(三) そこで印刷者が右製図原図をカメラで撮影してフィルム原版を作成した後右原版を亜鉛板に当てて感光させる方法に依り刷版を作成し、この刷版に基づいて印刷を行う
順序に成っており、編図者と製図者とは同一人のことも有れば別人のことも有り、後者の場合には、製図者が作成した製図原図を編図者自身の責任に於て校正を行うことに成っていること、
二 池田正友は、既述の如く、原判示一華産業代表取締役山田雄造等から英文十吋ビニール製地球儀用世界地図の編集を依頼されるや、右地球儀の用途に従い且右地図の縮尺を念頭に置き、多年に亘り蓄積された自己の地理学及び地図学に付ての学識及び経験に基づいて、右世界地図の編図に着手し、自己が日頃蒐集、検討及び整理している編図資料中の最も適当と認めるものを参考とし、地図に表現すべき各種素材に付ては、右地球儀の用途及び地図の縮尺を勘案し、自己の判断と責任とに於て之を取捨選択すると共に、その表現方法にも自己の創意に係る工夫を凝らし、池田なりに独自の新しい構想と体系とに基づいて、当時の時点に於ける縮尺五千万分の一の日本製世界地図としては最も斬新な編図を為し、之に対し右一華産業は池田の編集図を使用する対価として取り敢えず金十五万円を支払い、将来右地球儀の売行が良ければ売上高に応じ更に相当額の金員を右同趣旨に依り支払う旨約していたこと、
三 川俣潔は、旧制中学校卒業後長年に亘り地図の製図原図を作成する業務に従事し、製図許りでなく編図の知識及び経験をも有する者であるが、原判示一華地図に関しては、その編図は、特に池田正友がその多年に亘り蓄積した地理学及び地図学に付ての学識及び経験を買われて原判示一華産業代表取締役山田雄造の依頼に依り之を担当し、川俣は、右一華産業が池田の編集図を使用して原判示地球儀の印刷加工を原判示共同印刷に発注するに当り、池田並びに右共同印刷常務取締役飯坂義治及び同社第二事業部外国課員鈴木尚美等の依頼に依り、池田の原稿図等に基づいて製図原図を作成するという製図作業を担当し、之に対し右共同印刷は、川俣の印税乃至著作権使用料と言う意味ではなく、単に同人の製図作業の対価として金二十五万円を渡切払の趣旨で支払ったこと、
四 原判示一華地図の編集から印刷に至る過程に於て、
(一) 池田は、編図に当り、
経線及び緯線に付ては、単に機械的に線を引けば良いから、川俣に特に指示をしなかったが、
半島、岬、島嶼、河川、湖沼に付ては、自己の独自の体系に従って取捨選択したものを原稿図に記入して之を川俣に交付し、
海岸線、陸地線に付ては、本件地図の縮尺に応じ、自己の主観を採り入れ、表現の強調の仕方に独自の工夫を凝らした原稿図を川俣に交付し、之をなぞって製図すべき旨指示し、同人の修正を許さず、
海流及び海深に付ては、最新の資料に基づき取捨選択し且之を読み取り易く表現することに創意工夫を凝らした原稿図を川俣に交付し、
国名に付ては、自己の独自の体系に従って統一したものを英語のフルタイトルを以て表示した地名原稿を作成して川俣に交付し、国別の色の選択、色の数及び配色は、自ら之を考案して決定、指示し、川俣の裁量を認めず、
都市名、その他の地名に付ても、右と同様の地名原稿を作成して川俣に交付し、文字の大小及び書体に至る迄同人に指示し、同人から疑問を提起されれば一々之に回答を与え、
鉄道線路、航路及び航空路線に付ては、自己が包懐する交通地理学的基礎に立ち、各種資料に基づき取捨選択して作成した交通路線図を川俣に交付する。
等、地図の重要な基本的部分に付ては、自己の判断と責任とに於て、川俣に対し具体的指示を与え、その指示通りに製図すべき旨要求し、斯くして同人が作成した製図原図に対しては定型的な事項に至る迄悉く自ら手を加えて詳細な校正を行い、以て最終的製図原図の仕上を為し、
(二) 川俣は、製図者として通常認められる或程度の裁量を用うる他は、専ら製図者として池田の叙上具体的指示通りに機械的且技術的に製図原図を作成するという、池田の謂わば補助者的立場に於て製図作業を担当したに止まり、
池田及び川俣の各担当分野は截然区別されていたこと、
が夫々認められ、記録を精査し且当審に於ける事実取調の結果に鑑みても叙上認定を左右するに至らない。
してみれば、原判示一華地図は、専ら編図者池田正友の精神的労作に基づく同人の著作物に該当し、その著作権は池田正友唯一人に存し、製図者川俣潔はその著作権者ではない旨論定した原判決の認定は洵に正当である。
右追加控訴趣意第一の二点(原判決は、原判示一華地図の製作過程に於ける池田の川俣に対する具体的指示の内容を明示していない旨の主張)に付て。
原判決中、原判示一華地図の著作権者は池田ではなく川俣である旨の弁護人の主張(二)に対する判断の項の判文を精読し、之を原判決挙示の証拠と対照すれば、原判決は、右一華地図の著作権が池田唯一人に存し、川俣はその著作権者ではない旨の説明に於て何等欠ける所は無く、所論の如く単に抽象的に右両名の形式的な職業上の区別のみに基づいて然く論定したと非難するのは失当である。
吉江、小林、深田三弁護人の補充控訴趣意に付て。
所論は結局、原判示一華地図は、池田正友の著作権の目的と成るべき著作物に該当しない旨の主張に帰するが、右主張を採るを得ないことは、既に上来説示した通りであるから、更めて之に対する判断を示さない。
吉江、深田両弁護人の控訴趣意三及び義江弁護人の控訴趣意二(各被告人には、原判示一華地図の上に原判示池田正友が有する著作権を侵害して偽作を遂げると言う著作権法第三十七条に該当する犯罪の故意が無かった旨の主張)に付て。
原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判決中、被告人らは、右一華地図の著作権者が右池田であったとは思料せず、同人の著作権を侵害するという認識は存在しなかった旨の弁護人の主張(三)に対する判断の項に於て説明しているところを首肯するに足り、殊に、
被告人黒田がその検察官に対する各供述調書中に於て自供する如く、同人は、本件一華地図に付ては、池田正友が原判示一華産業の依頼を受けて編集及び監修を行い、その対価を受け取っている事実を知悉し、斯る場合地図の著作権は右池田に存するが故に同人の承諾を得ないで同人が編集し及び監修した製図原図及び之に基づく写真原版を擅に使用して地図を印刷すれば同人の著作権を侵害する結果と成ることを、原判示の如き長年に亘る印刷会社勤務の経験に依り十分認識し乍ら、敢へて爾余の被告人等と謀議のうえ本件所為に及んだこと、
被告人吉野がその検察官に対する各供述調書中に於て自供する如く、同人は、本件一華地図に付ては、池田正友が原判示一華産業の依頼を受け、自ら資料を蒐集し、その中から国名、地名、鉄道線路、航路、航空路等を選択、決定し、編集して原稿図を書き上げ、川俣潔の作成した製図原図を自ら校正し、編集料を受け取っている事実を知悉し、斯る場合出来上った地図に対し、権利の法的性質が著作権に該当するか否かは素人故判らないにせよ、池田に何等かの権利が有ることを認識し乍ら、敢へて爾余の被告人等と謀議のうえ、池田の承諾を得ないで本件所為に及んだこと、
被告人新井がその検察官に対する各供述調書中に於て自供する如く、同人は、本件一華地図に付ては、池田正友が原判示一華産業の依頼を受けて原稿に相当するものを執筆し、それに基づき川俣の製図したものを、池田が一段と高い立場から学者的な指示をして修正、校正を為し、監修料を受け取っている事実を知悉し乍ら、敢へて爾余の被告人等と謀議のうえ、池田の承諾を得ないで本件所為に及んだこと
に徴すると、各被告人は、原判示一華地図の上に池田正友が有する権利の性質が著作権に該当する旨の法律的認識の有無は兎も角として、同人の承諾を得ないで、同人が編集し及び監修した製図原図及び之に基づく写真原版を擅に使用して地図を印刷すれば、同人がその精神的労作である右地図の上に有する権利を侵害する結果と成るべき事実を認識していたと認定して誤ではなく、苟も斯る事実の認識が有る以上は、被告人らに著作権法第三十七条に該当する犯罪の故意が無かったものとは言えない。
論旨は凡て理由が無い。
よって、刑事訴訟法第三百九十六条により本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法第百八十一条第一項本文、第百八十二条によりその全部を被告人らの連帯負担とし、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 栗田正 判事 中村憲一郎 判事沼尻芳孝は病気の為め署名押印することができない。裁判長判事 栗田正)